December 26, 2005

重大事故の舞台裏

jyudaijiko_butaiura
 【今週の一冊】
 ●『重大事故の舞台裏』
  技術で解明する真の原因

  編:日経ものづくり(日経BP社)
   2005.10 / ¥2,520

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 ◆ 燃える一言 ◆

 『一人ひとりが安全を意識し、地道な活動を続ける。
 
            安全な社会を築くにはこれしかないと思います。』

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 連日報道される、耐震構造の偽造問題は、建築業界のみならず、技術者の安
 全に対する姿勢が問われています。
 
 もし、偽装が明るみに出ず、災害が起こってしまったならばどうなるか―
 
 本書に掲載された数々の事例は、技術者がかつて経験してきた、苦い教訓の
 数々です。
 
 
 昨年話題となった、三菱ふそう(事故当時は三菱自動車)の脱輪事故は、そ
 もそも何が「技術的に」問題だったのでしょうか。
 
 脱輪が発生したのは「ハブ」と呼ばれる車軸とホイールを接続する鋳造部品
 で、円筒部にフランジを組み合わせた構造になっています。
 
 1992年に起こった事故は、B型と呼ばれるハブのフランジ部が破断して発生
 しましたが、そもそも通常想定される走行条件で、すでにこのハブには疲労
 限を超える応力が発生していたのでした。
 
 
 ところが三菱自動車はこれらのハブのリコールを行わないために、都合の良
 いデータを強引に持ち込んで、整備不良がきっかけであるかのようなストー
 リーを作り上げます。
 
 そして対策としてD型ハブを開発するものの、コスト増加を招く他の部品の
 変更を恐れ、フランジ形状のみで対策を行います。
 
 しかし、納期に追われ十分な検証ができないまま採用されたため、かえって
 D型ハブで事故が続発します。
 
 このD型では、定積の大型トレーラーが交差点を左折する、というありふれ
 た状況でも、ハブには降伏点を越える応力がかかる、脆弱な設計だったので
 す。
 
 
 この技術的問題を認知しながら、リコールを恐れた三菱自動車内では、ユー
 ザーに責任を押し付けるために、破損原因を関係のない「摩耗」に求め、設
 計者には嘘を強要します。
 
 コスト削減のため、ギリギリで効率と安全を追及し、安全性を犠牲にしたた
 めに設計変更が必要となっても、本当の理由は伏せられたのです。
 
 そしてついにリコールとなりますが、その対策品とされたF型でも、新たな
 基準に照らし合わせると強度不足となることが分かり、ハブ以外の部品の設
 計変更も伴う、追加のリコールを余儀なくされます。
 
 
 隠蔽の片棒を担いだエンジニアの責任は重大ですが、ハブ単独の設計変更と
 したF型採用に対しては「コストや納期を考えれば当時の対応は止むを得な
 い」と考える技術者が多数あることも、本書には記されています。
 
 現在、議論の的となっている建築業界において、コストと安全性の兼ね合い
 がどのように考えられていたのか、今後の調査を待たねばなりませんが、責
 任の押し付け合いやバッシングからは、技術的、そして倫理的な課題が明確
 になりません。
 
 本書の重大災害事例や、報道の設計問題の背景を、冷静に、そして自らの立
 場に置き換えて、他山の石とすることが、我々技術者の務めなのです。
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 ◇ カンドコロ! ◇
 
 従来の三菱自動車では、疲労限を決めるのに、S-N(応力-繰り返し数)線図
 だけを用いた、「マイナー則」を用いていた。
 
 しかしマイナー則では、疲労限未満の応力がどれほどかかっても、亀裂は発
 生しないと仮定している。
 
 しかしこのマイナー則では、実態に合わなかった。
 
 そこで、同社では、修正マイナー側を用いることとした。
 
 これは、S-N線図と、実車試験の応力分布を併用し、疲労限未満の応力の影響
 も考慮することとした。
 
 ただし、修正マイナー則は鋼材の強度検証には有効だが、組織の均一性に欠
 ける鋳鉄に効果があるかは、未知数であるとの指摘があることにも、気をつ
 けねばならない。

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 ◆ 熱い行動 ◆
 個人の良心と組織の論理が対立したとき、あなたは何を拠り所とするか。
 技術者の規範を明瞭にせねばならない。
 
 重大か、軽微かにかかわらず、トラブルを隠さず、教訓とせよ。

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 ◆ 燃えるゲージ ◆ | 炎 | 炎 | 炎 | (炎3つが満点)
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 序章 リコール隠しの舞台裏
 第1章 自動車
 第2章 鉄道
 第3章 宇宙
 第4章 建築
 第5章 原子力
 第6章 プラント
 終章 重大事故を乗り越えて

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June 08, 2005

はじめての工学倫理

hajimetenokougakurinnri
 【今週の一冊】
 ●『はじめての工学倫理』

  著:斉藤 了文、坂下 浩司(昭和堂)
   2005.04(第2版) / ¥1,470

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 ◆ 燃える一言 ◆
 『事故は、道徳的な悪ではなく、むしろ、技術者が道徳的責任を
 
           よりよく遂行するための価値ある研究材料である。』
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 JRの脱線事故から1ヶ月あまりが経過し、一時期の過剰な報道は収まって
 きました。
 
 明らかになった原因は、端的に言えば「速度超過による過大な遠心力」でし
 た。
 
 これまでの間に我々が見聞きしてきた事実から、安全のための教訓を得るた
 めに、今回取り上げた書籍から、「工学倫理」の観点で過去の事例を引いて
 みたいと思います。
 
 
 まず、アメリカの癌治療センターで起きた事故の事例。
 
 この放射線治療器は、金属板を介してX線を照射する機能と、直接弱い電子
 線を照射するモードを、キーボードの「X」と「e」を打つことで切り替えて
 いました。
 
 ところが、切り替えを「↑」「↓」のカーソルで行うとソフトのエラーが発
 生し、強烈なX線を誤って直接照射してしまい、人命が奪われるという事故
 が起きました。
 
 確かに、設計通りの「正しい」使い方ではなかったのかもしれませんが、人
 間は手順間違いや、作業の抜けなど、必ずエラーを犯します。
 
 「失敗を犯す」ことを前提に、人間工学に基づいた設計が必要なのです。
 
 
 今回、最も非難が集中したのは、運転士が制限速度70km/hを大幅に上回る速
 度でカーブに進入したこと、加えて運転士の技量やJRの教育方法について
 ですが、人のミスをカバーできる保安装置(ATS)がありながら、設けて
 いなかったことこそが、最大の問題ではないでしょうか。
 
 
 ニューヨークのマンハッタンに建てられたシティーコープタワーは、9階分
 の高さの4本の柱で、59階建のビルを支えるユニークな構造です。
 
 建築家ルメジャーは最新技術を駆使してこの設計を行いましたが、完成後に
 「16年に一度のハリケーン」には耐えられないという事実を突き止めました。
 
 当時の建築基準は満たしていたものの、彼はこの事実を公表し、再度設計を
 行って修理を行い、見事ハリケーンの前に完遂しました。
 
 この責任ある行動は、ルメジャーの名を優れた技術者として一躍有名にした
 のです。
 
 
 翻って、今回の事故直後、JR西日本が早々に公表した「置き石説」や「133
 km/hまでは横転しない」という説明は、事故原因の追究に誤った先入観を抱
 かせることとなり、混乱と不信を増幅させました。
 
 倫理面での責任を遂行する上での障害として、以下の8点が挙げられます。
 
 「利己主義」「意志の弱さ・恐れ」「自己欺瞞」「無知」「自己中心主義」
 「狭い視野」「盲従」そして「集団思考」。
 
 ルメジャーの勇気と知恵に、大いに学ばねばなりません。
 
 
 また、「衝突しても安全な強度が足りなかった」「過密ダイヤで利便性を追
 求しすぎた」などの意見に対して、安全性と経済性の観点から、果たして妥
 当な意見といえるか、疑問が出てきます。
 
 こうして、できるだけ具体的な事例と比較しながら、工学的な判断力と、倫
 理的な判断力をトレーニングしていくことが、ただの「きれいごと」ではな
 い、生きた「工学倫理」を身に着ける近道ではないでしょうか。
 
 複雑で、多面性のある問題だからこそ、21世紀の技術者にとって欠くべから
 ざるキーワードが「技術者倫理」なのです。
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 ◇ カンドコロ! ◇
 
 倫理問題の解決方法の一案として、「セブン・ステップ・ガイド」がある。
 
 ステップ1:問題を述べなさい。
 
 ステップ2:事実関係を調べなさい。
 
 ステップ3:関連事項を確定しなさい。
      (誰が、どんな法律が、どんな制約が関わるか 等)
 
 ステップ4:思いつく限りの対策案を出してみなさい。
 
 ステップ5:それらの案について、以下のことを考えてみなさい。
  a)その案は、他の案より害が少ないか?
  b)その案は、新聞等で公にできるものか?
  c)その案は、議会の調査委員会などの前で擁護できるものか?
  d)その案は、自分が他の人からされることを望むものか?
  e)その案は、同僚が聞いたとしたら、何と言うか?
  f)その案は、自分が所属する専門団体の倫理委員会が知ったら何と言うか?
  g)その案は、自分が所属する企業の倫理委員会が知ったら何と言うか?
 
 ステップ6:ステップ1~5に基づいて選択しなさい。
 
 ステップ7:ステップ1~6を再検討しなさい。
       今回のような事態を避けるための予防策がないか考えなさい。
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 ◆ 熱い行動 ◆
 「自分ならどうする」と考えることを習慣付けて、今の目の前のことに応用
 しよう。
 
 過去の失敗を繰り返さないことは、技術者にとっての「責務」と自覚せよ。
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 ◆ 燃えるゲージ ◆ | 炎 | 炎 | 火 | (炎3つが満点)
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 ◎ 目 次 ◎
 1 事例分析
 (専門知見の研鑚、有名な事故、専門家の責任、倫理規定、トレードオフ、
  安全性と設計、消費者を守る責任、製造物責任、知的財産権、企業秘密を
  守る、技術者と組織の対立、内部告発、セクシャル・ハラスメント、わい
  ろ、経営や社会制度を視野に入れる必要)
 2 工学倫理の基礎知識
 (リスクについて知るべきこと、知的財産権について知るべきこと、製造物
  責任法について知るべきこと、ビジネス倫理について知るべきこと、倫理
  要綱について知るべきこと、応用倫理について知るべきこと、倫理概念に
  ついて知るべきこと、工学の倫理概念について知るべきこと)

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September 15, 2004

誇り高い技術者になろう

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 【今週の一冊】
 ●『誇り高い技術者になろう』
  工学倫理ノススメ

  編集:黒田 光太郎, 伊勢田 哲治, 戸田山 和久(名古屋大学出版会)
   2004.04 / ¥2,940

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 ◆ 燃える一言 ◆
 『一見平凡な日常業務の中にこそ、技術者としての社会的責任を自覚し、
  それを果たそうと努力するという、誇り高い技術者にとって最も大切な
  ことがらが隠れているのです』
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 「リンリ!」というと、とかく理系(といわれる人)は敬遠します。
 
 曰く、
 
 ・数学や物理のように割り切れる問題ではなく、ややこしい
 ・規則や責任を押し付けられるようで、息苦しい
 ・「内部告発」をしろと言われても、クビになったらどうする!
 
 等々の声が聞こえてきます。
 
 本書は、それらの疑問に対して、工学倫理とは何か、またなぜ技術者に倫理
 が求められるのかを、豊富な事例と読みやすい語り口で解説しています。
 
 例えば、先月、関西電力の美浜原発で起きた配管破裂による死傷事故と、95
 年に発生した高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏洩とは、同じ原子力事
 業における「事故」です。
 
 前者は5名もの犠牲者を出した惨事であるのに対し、後者は事故レベルでは
 レベル0からレベル7のうち、低いほうから2番目の「レベル1」に分類さ
 れる程度でした。
 
 「だから、美浜原発事故の方が『大きな』問題だ」と片付けてしまっては本
 質を見誤ります。
 
 「もんじゅ」の事故では、事故現場の撮影ビデオを隠蔽するなど、原子力自
 体に対する社会の不信感に対して、説明責任を果たさなかったことが問題な
 のです。
 
 「事故の発生は過失であるが、不適切あるいは不正な報告は故意である」点
 からも、理解できるでしょう。
 
 このように、科学技術がもたらす様々な影響や対応について、我々技術者が
 備えておくべき「ものさし」を、詳しく挙げています。
 
 私達は、近すぎる眉毛も、遠すぎる人工衛星も見ることができません。
 
 同じように、倫理的責任というと、消費者や地域住民のことはすぐ思いつい
 ても、身近な家族や同僚も、まだ見ぬ未来世代の人たちも、共に責任を負う
 べき人たちであることを忘れがちです。
 
 すべての関係者を満足させることは困難ですが、自身が果たすべき役割の自
 覚なしには、ものづくりはできないと言えます。
 
 技術者は、人工物を自分の意思で生み出し、他の人々に影響を与えるやりが
 いのある仕事であるからこそ、代償として責任が生じる。
 
 その責任を果たすことを喜びとし、自分への報酬とする。
 
 これを「誇り高い技術者」と編者らは呼んでいます。
 
 大学で工学倫理を学ぶ学生向けに書かれていますが、すでに実務を行ってい
 るエンジニアにこそ読んで頂きたい一冊です。
 (技術士を志す人は必携です!)
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 ◆ 熱い行動 ◆
 自身の業務が影響を及ぼす人たちを、小さな視点・大きな視点で見直そう。
 予想される問題を、周囲を巻き込んで解決していこう。
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 ◆ 燃えるゲージ ◆ | 炎 | 炎 | 炎 | (炎3つが満点)
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 ◎ 目 次 ◎
 第I部 技術者になるとはどういうことか
  1 誇り高い技術者とは
  2 技術とは何か、技術者とはどういう人なのか
 第II部 技術者としての社会への責任
  3 技術者は何に配慮するべきか
  4 技術者はどう行動するべきか
  5 責任ある技術者を社会はどうサポートするべきか

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